教室の中に、自由に使えるカメラがあって、子どもたちが日常生活を撮ることができたら、どんなに素敵な思い出を紡ぐことができるのでしょうか。
ヒトメモリが生まれるきっかけになった最初の種は、こんなワクワクする「想い」でした。そこからすべてが始まり、今こうして、実際に学校さまへとご導入いただくことができました。

もちろん、すべてが最初からうまくいった訳ではありません。私たちが初めてこのアイデアを世に出した当時は、少なからずネガティブなご意見をいただくこともありました。
一方で、とても強く共感していただけるお言葉も、たくさんたくさんいただきました。道は間違っていないと頑張ってこられたのも、そんな体験があったからです。

 

子どもたちが撮ることを、プロのカメラマンがここまで全力で推すのは、いったい何故なのでしょうか。わざわざ「自分たちは不要だ」と、自分たちで言っているのですから、それ相応の理由があるのです。

単にビジネスのためのリップサービス?その方がラクだから?

いいえ。
それは、最初の衝撃が忘れられないからです。

 

 

実は、冒頭にお話しした「想いの種」が、本当に実る可能性があるのかを検証した時期がありました。ある小学校の先生の全面的なご協力のもと、試験的に数ヶ月間カメラを教室に置かせていただいたのです。当時はまだ動画教材も十分には完成しておらず、単にカメラをお貸しするだけの状態に近かったと記憶しています。
試験期間が終わり、子どもたちが撮ってくれた写真をセレクトしているときのことは、今でもはっきりと覚えています。1000枚近い写真をクリックで送る度に、笑える写真、かわいい写真、ヘンな写真、美しい写真、味わい深い写真…が次々とモニターに現れました。あまりにも「素」な子どもたちと先生の姿に鳥肌がたちました。無限の感動がそこにはあったのです。

これこそ、私たちが見たかった世界だ。そして、子どもたちの将来に思い出として残したい世界だ。と、会社に残っていたみんなで震えるほど喜びました。
この感動を、私たちだけにとどめてはいけない。自信を持って、この価値をみなさんへと伝えていくべきだ。それまでの想像が確信へと変わった瞬間でした。それと同時に、私たちカメラマンでは到底真似できない写真だということも、完璧に思い知ることとなったのでした。

この夜の大きすぎる衝撃に、私たちは駆動されています。たとえ、自らを否定するようなことになっても、真の価値を知ってしまった以上は、それを一人でも多くの子どもたちへと届けたい想いの方がはるかに強く働くのです。うそ偽りのない、私たちの一番大切な、コアとなる部分のはなしでした。

 

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